柏を探索! まちかどレポーター!
千葉大学環境健康フィールド科学センター宮崎良文教授
-森林浴の効果を科学的に解明する「自然セラピープロジェクト」について
2012/05/06
風薫る5月。新緑が目に鮮やかな季節となり、公園や森林の散策を楽しむ方々も多いことでしょう。
今回は、柏の葉に所在する千葉大学環境健康フィールド科学センター教授で「
自然セラピープロジェクト」に取り組んでいる宮崎良文先生にお話を伺いました。
宮崎良文先生
「自然セラピープロジェクト」とは、自然が人にもたらす生理的リラックス効果をはじめ、人と自然のシンクロ状態を科学的に解明する研究です。
「セラピー」と言っても、自然に触れると病気が治るという意味ではありません。
「自然由来の刺激が生理的なリラックス状態をもたらし、免疫機能が向上して、病気になりにくい身体になるという“予防医学”としての意味をもちます」と宮崎先生。
「自然セラピープロジェクト」の具体的な研究内容は下記の通りです。
(1) 「森林セラピー」について
2005年~2012年4月時点で、全国48カ所・被験者576人を対象に、森林浴が人にもたらす影響に関する実験を行いました。
森林浴を行う前後で、唾液中ストレスホルモン(コルチゾール)や血圧、脈拍数、心拍変動性による交感・副交感神経活動を測定したところ、コルチゾールと交感神経活動は低下を、副交感神経は昂進を示し、被験者が、森林浴によって、生理的にリラックスしたという結果が得られました。(※1)
(交感神経活動はストレス時に高まり、副交感神経はリラックス時に高まります。)
森林セラピーの目的は2点あります。ひとつは、“予防医学”。現在、医療費の増大が社会問題になっていますが、病気を未然に防ぐ予防医学によって、医療費の軽減につながる可能性もあります。
そして、もうひとつの目的が“森林再生”。今、日本では、林業の衰退などにより、手入れが行き届かず荒れた森林が増えています。
2004年に発表された「森林セラピー基地構想」から8年が経ち、現在は48カ所が「森林セラピー基地」として認定されていますが、今後7年間で合計80カ所を目指す予定です。(※2)
それぞれの森林の特徴を出して、宿泊プランを作成したり、実際にリラックス効果があった林道の宣伝などを行うことで森林の価値を高め、森林再生や地域活性化に繋げていきたいと考えています。
(2) 視覚・聴覚・嗅覚刺激実験
自然セラピーのリラックス効果を確かめるためには、フィールド(森林)における実験の他、室内における実験も必要になります。フィールドでは、五感すべてに刺激を受けますが、室内実験は、一定の条件において、感覚ごとの効果を検証することができるからです。
室内実験では、被験者に対し、
・ 森林の映像を見せる(=視覚刺激)
・ 小川のせせらぎや小鳥のさえずりを聴かせる(=聴覚刺激)
・ スギやヒバなどの木材の香りをかいでもらう(=嗅覚刺激)
などの刺激を与えました。その結果、それぞれに生理的リラックス効果があることがわかりました。
また、2011年10月には、花瓶に生けたバラを机の上に置き、視覚刺激がもたらす効果について実験を行いました。(※3)
結果は、副交感神経活動(リラックス時に高まる)は29パーセント昂進し、交感神経活動(ストレス時に高まる)は、25パーセント低下しました。つまり、花束のような小さな自然でも、リラックス効果があると言えます。
この他、木材率の異なる部屋での視覚刺激実験、カモミール精油・コーヒー豆・茶葉などによる嗅覚刺激実験、スギ樽貯蔵ウイスキーによる味覚刺激実験、手で木材と金属に触る触覚刺激実験など、様々な実験を行ってきました。
それらの実験から明らかになったのは、同じ刺激を与えても、各個人の価値観によって生理変化が異なり、個人差があるということです。
五感の中でも、視覚に興味がある人もいれば、香りに興味がある人もいます。
香りの中でも、好きな香りは個人で異なります。
それが生理変化にも反映されるのです。
宮崎先生が、自然セラピーに関心を持つようになったきっかけは、子ども時代に遡ります。
「小学3年生の時に、関西から南柏に引っ越してきて、父の手伝いで庭の花を植え替えたり、種を蒔いて芽が出るのを見るのが好きだったんですよ。
特に若葉がでる様子が生命力があって好きでしたね。
子どもの頃から、『どうして土いじりをすると気持ちいいのかな』と漠然と考えていたことが、今の研究に繋がっている気がします」
と宮崎先生。
自然セラピーの内容について伺っていると、つい、「より効果的にリラックスできる森林浴法」について質問したくなりますが、宮崎先生は、
「万人に共通する“効果的な森林浴法”はありません」
と、きっぱり。
自分は何が好きなのか、自分の価値観を大切にして、能動的に探しに行くことが重要なのだそうです。
たとえば、花瓶に生けた花を眺める、アロマテラピー、ガーデニング、公園の散策、ハイキングなど、その時の自分に適した方法で、自然に触れることが「自分にとって効果的な方法」と言えるのかもしれません。
また、4月28日に開催された柏高島屋との共同イベントでは、千葉大学環境健康フィールド科学センターで栽培した生花・野菜の販売や加工品の試食会、そして、自然セラピープロジェクトによるリラックス・ストレス測定の体験コーナーが登場。
ひと匙の蜂蜜を舐める前後で、心拍変動性と脈拍を測定します。
私も体験しましたが、副交感神経活動(リラックス状態)が「163→1290(msec2)」(※4)と約8倍上昇する一方、交感神経活動(ストレス状態)が「2.687→0.384」と約7分の1に低下し、リラックスしたことが数値に表れました。
柏高島屋の6階連絡通路には、5月8日まで、千葉大学の研究成果を報告するパネルも展示され、自然セラピープロジェクトの取り組みも紹介されています。
千葉大学環境健康フィールド科学センター(柏の葉)
「今後も、自然セラピープロジェクトに産学連携で取り組み、国内のみならず世界に情報発信していこうと思っています。そして、研究成果を社会に還元していきたいと考えています」
と宮崎先生は今後の目標についても語ってくださいました。
今回、宮崎先生のお話を伺って、自然に触れることは、単に心地よいだけではなく、実際に生理的リラックス効果があるということがわかりました。
ストレス社会と言われる現在、リラックスするのは難しいことのようにも思えます。
しかし、日々の生活に、自分なりの方法で自然と触れる時間を少しでも取り入れ、心身両面でリラックスできるようになりたいものです。
幸い、柏には公園をはじめ、緑豊かな場所がたくさんあります。
機会を見つけて、出かけてみてはいかがでしょうか。
※1 生理的リラックス効果を検証するための代表的な測定指標は下記の通り
中枢神経系の指標・・・前頭前野の血流量、
自律神経系の指標・・・血圧、脈拍数、ならびに心拍変動性、
内分泌系の指標・・・・・唾液中のコルチゾール濃度
※2 「森林セラピー基地」について
自治体や企業からの申請を受けた森林の生理的リラックス効果の検証・宿泊プラン等の
ソフト面・森林環境等のハード面を審査し、セラピー基地として認定する制度
※3
「花きに対する正しい知識の検証・普及事業」の研究成果 ※4 「msec2」…ミリ秒の二乗(「2」は右上小文字)
【参考文献】
『森林浴はなぜ体にいいか』宮崎良文 (著)、 文藝春秋 、2003/7
『森林医学Ⅱ-環境と人間の健康科学』 大井玄・平野秀樹・宮崎良文(編)、朝倉書店 、2009/03
<宮崎良文(みやざき・よしふみ)先生プロフィール>
1954年神戸市生まれ。東京農工大学修士課程(環境保護学)修了。医学博士。
東京医科歯科大学医学部助手、独立行政法人森林総合研究所生理活性チーム長を経て、
現在は千葉大学環境健康フィールド科学センター教授。2000年に「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して、農林水産大臣賞受賞。2006年に日本生理人類学会賞を受賞。